アンフォラのつぼ

花鳥風月の写真とクラシック音楽(特に小澤征爾)を追いかけています。

ダフニ修道院【ギリシャ共和国】

イメージ 1文化遺産ダフニ修道院、オシオス・ルカス修道院、ヒオス島のネア・モニ修道院
登録名:Monasteries of Daphni, Hosios Loukas and Nea Moni of Chios
登録年:1990年
 
【概要】
8~9世紀に起こったイコノクラスム(聖像破壊運動)を経て、聖像肯定となりビザンティン帝国東ローマ帝国)の芸術が花開いた10~11世紀。正教の聖堂建築が盛んになり、モザイク画やイコンといったビザンティン美術の様式が確立されていった。その時代の3つの修道院世界遺産に登録されている。
ダフニ修道院は、アテネ中心部から30分ほどの郊外に立つ。アテネの都市圏の最西端に位置している。月桂樹を意味するダフニという名は、かつてこの地に建てられていたアポロン神殿が、月桂樹に囲まれていたことによる。
1080年ごろまでに現在の建物が建築されたといわれており、ギリシャ十字プランに基づく、ビザンティン中期の典型的な聖堂として世界遺産に登録された。
 
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周囲を石塀に囲まれている聖堂。ギリシャ各地に見られるギリシャ十字型の典型的な形をしているが、その規模はかなり大きい。
1999年、15kmほどしか離れていないところで発生した地震により、堂内のモザイクがなどが損傷を受けた。
そのため、いまだに修復作業が行われている。
 
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入り口には頑丈なさくがあり、ユネスコの看板が設置されていた。
入れないのかとうろうろすることしばし。
中に人がいる気配に気づき、扉を押してみると、何のことはなく開いていた。
 
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入り口からは、両脇に堅牢な石積みのある通路が続く。
 
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大きな修道院は、修復作業の足場に覆われていた。
 
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中に入れるのか心配だったが、係員の方と同行することで、足場が組まれた修道院の中に入ることができた。
しかも、この足場を登り、修復中のモザイクを間近に見ることに。
これは、修復中でなければできない体験。
 
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足場の最上部で待っていたのは、ドーム中心に厳しい顔で描かれている「パントクラトール(全能のイエス)」。最上部には、一人ずつしか上がってはいけないといわれ、ひとりで間近の神の姿と向き合うことに。これがビザンティン美術の傑作かと思うと、大興奮。係員の方は「修復中で残念だったけど、ラッキーだね」というようなことを言っていた。
 
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生神女聖母マリア)。中央のドームを囲む半円形のスキンチに描かれた、受胎告知の一部。
 
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天使ガブリエル。これも受胎告知の一部。マリアにイエスの誕生を伝えた場面。
 
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モザイク画『イエスの変容」。聖書にある場面で、イエス預言者モーゼとエリヤと語り合いながら、光り輝いたとされる。
 
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モザイク衙「イエスの洗礼」。左は洗礼者ヨハネ
 
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モザイク衙「降誕」。
 
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修道院の周辺には、かつての遺構と思われる建造物跡が広がっていた。
 
 
旅行記
2009年7月9日
エーゲ海世界遺産めぐりで訪れたサモス島から、アテネへと飛行機で渡った。
アテネでの初日、午前中はプラカ地区から古代アゴラの周辺を抜け、ダフニ修道院方面へのバス停へと向かった。バス停は古代アゴラの少し北側にある公園脇。
そこからバスに乗って20~30分。ギリシャ語はさっぱりわからないので、運転手さんにダフニに行きたいことを言っておいたところ、バス停で合図してくれた。
バス停で周りを見渡しても、さっぱりわからないまま、適当に歩いてみると、オレンジ色の丸屋根が見えてきた。それでも、不安だったが、ユネスコマークの看板で、ようやく確信を得た。
フェンスが閉まっていたが、20分ほど悩んだ挙句に手を伸ばしてみると、難なくフェンスが開いた。
上の記事にも書いたが、修復作業中の不幸が幸運となり、美しいモザイク画を間近に見ることができた。
見学後バス停に戻り、アテネへと戻った。