アンフォラのつぼ

花鳥風月の写真とクラシック音楽(特に小澤征爾)を追いかけています。

サラズムの原始都市遺跡【タジキスタン共和国】

イメージ 1文化遺産】サラズムの原始都市遺跡
登録名:Proto-urban site of Sarazm
登録年:2010年
 
 
【概要】
タジキスタンの西部、ウズベキスタンとの国境近くにある遺跡で、シルクロードの民ソグド人の都市遺跡のあるペンジケントから西に15km、ウズベキスタンの古都サマルカンドからは東に45kmにあり、それぞれの町と同様ザラフシャン川が作る谷にある。
"土地が始まる場所"という意味のサラズムでは、紀元前4千年紀から紀元前3千年紀の終わりにかけての都市遺跡が発見され、中央アジアにおける都市化の早期発展を示す重要な遺跡となっている。地域の特徴として、灌漑農業に向く谷間と、遊牧に向く山岳地帯が近く、都市を形成するための人口があった。イラン高原、インダス渓谷や遠くインド洋まで地理的に広い範囲の人々との商業と文化の交流と貿易関係の存在も明らかになっている。
 
 
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広々とした土地の発掘が始まっており、遺跡のところには屋根がかけられている。
周辺はのどかな農村風景だった。 
 
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発掘された遺跡。結構な深さに掘られたところに、建物の遺構が残されている。
 
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中央の丸いくぼみは竈の跡だそうだ。
 
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いくつかの建物の部屋割みたいなものが見えてくる。
 
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日干し煉瓦を重ねた壁。
 
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何かの遺物か、それとも近頃使われた素焼きのつぼのかけらか。
 
 
旅行記
2005年12月5日
ウズベキスタン世界遺産をめぐる旅の中で、サマルカンドに拠点を置き、1日のペンジケント往復旅行を空くことにしました。
ペンジケントは、シルクロードで活躍した商業民族であるソグド人の町の遺跡があり、どうしても行ってみたいところでした。
ただ、し、事前のビザの申請をしておらずいけないことも覚悟していましたが、サマルカンドの旅行会社のホームページを見つけ、問い合わせたところ、日帰りであればビザなしでの入国が可能との情報を得たので、申し込みました。たしかsilk tourという会社だったかと思います。
遺跡をただ眺めても何もわからないので、奮発して日本語ガイドも頼みました。
1名での利用なので、2万円近くの費用がかかった記憶がありますが、その甲斐はあったと思います。
 
8時ごろにホテルに迎えが来て、日本語を話すロシア人のガイドと運転手がやってきます。そして車で国境へと向かいます。国境では書類を書き、パスポートを見るだけで入国が完了。そこにタジキスタン側の旅行会社の社長と遺跡に詳しい現地ガイドが合流。社長に至っては国境のこちら側まで迎えに来ていた気がするが・・・。
小さなセダンにぎっしりと人が詰まって移動開始。私の単なる遺跡見学のためにこれだけの人が動くというのもめったにない経験。
そして、何か質問をすると、日本語ガイドがロシア語?でタジク人のガイドに尋ねるという流れ。これもなかなか楽しい経験です。
 
国境を超えてしばらく走るといきなり田舎の未舗装路で車が停まりました。
ここは今後世界遺産に登録されるはずの重要な遺跡だということで、タジク人の遺跡ガイドの方が是非寄った方が良いとのことで立ち寄ったとのこと。
これがサラズムの遺跡でした。
結果、2010年にめでたくタジキスタン最初の世界遺産として登録されました。
詳しいことは分かりませんでしたが、かなり古い遺跡で、生活の跡がいくつも発見されていること、これから発掘が本格的に進められることなどを教えてもらいました。
 
続いて、タジキスタンではとても有名な文学者ルダーキーの博物館へ。
ここではペンジケントの遺物や周辺の自然の解説なども展示されています。
 
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見た目は何の建物なのかわからない感じですが、この左手に大きなルダーキーの銅像が立っていました。
 
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ペンジケントで発見された壁画のレプリカ。ソグド人の生活などが描かれていたようです。
 
社長さんはどこかへ行ってしまい、1人減って動きやすくなった車内に乗り込み、ペンジケントのバザールへ。
博物館やバザールについては、特に依頼をした行程ではないので、パッケージとして出来上がっているようです。
 
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バザールの前のモスク。人通りの多いエリアです。
 
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広いバザールでは、あらゆる食料品や日用品が並べられていて、中央アジアの古き良きバザールの雰囲気が残されていました。
 
ペンジケントの南側の丘の上に残るソグド人の遺跡へ向かいます。
5~8世紀、シルクロード華やかなりしころの遺跡で、その後アラブ勢力に滅ぼされた都市遺跡です。
あのシルクロードのまさに本通りの上に立つ遺跡です。
 
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考古学的な知識がないので、町の雰囲気を想像することができませんが、ガイドの方にいろいろ教えてもらいながら、想像をめぐらせます。
 
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ゾロアスター教拝火教)の神殿だったところ。2つのくぼみには、火をともしていたそうです。その背後には神官の部屋もあります。
 
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こちらが私のスタッフたち(笑)。左から、タジク人の遺跡ガイド、日本語通訳、運転手です。
日本人観光客は年間数十人だそうで、そのほとんどはユーラシア旅行社のツアーだとか。さすが。個人で来る人も全くいないわけではないけれど、ガイドを雇ってくるのは考古学者か学生だそうで。そう聞いてしまっては、こちらも態度を改めなくてはと、一生懸命メモをとってみたりしました。
ちなみに、高名なシルクロード関係の考古学者の方たちも案内しているガイドさんだとか。説明がとても詳しくて楽しい遺跡見学でした。
 
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遺跡の丘の上からはペンジケントの町とザラフシャン川が眺められました。夏であれば緑がいっぱいの光景だそうです。
 
その後昼食を食べ、ガイドさんたちと懇談。ここでもたくさん教えてもらいました。
昼食後また社長と合流し、国境へ。
パスポートにスタンプがほしいですかと聞かれたので、是非と答えると、社長がパスポートを持ってどこかへ行きました。すると、入国時にもなかったパスポートのスタンプが出入国両方押されていました。
日本人のツアーを案内する時は、みんなスタンプを欲しがるので、もらえるような段取りにしたそうです。
国境の名前はサラズムでした。
国境では日本のお金を確認したいと言われ取り出すと、みんなに回して大喜び。さすがに一万円札だったので、お渡しするわけにはいきませんでしたが。
ウズベキスタンに戻り、一路サマルカンドへ。意外と早い戻りで、4時前くらいだったと思います。
実質数時間だけのタジキスタン滞在だったのですが、シルクロードを堪能できるプランでした。