【瀋陽旅行記】第2日 瀋陽市内観光
2010年11月22日(月)
今日一日みっちりと予定が詰まっているので、朝は早くから行動です。
朝食後、7:45には出発。昨日の雨が水たまりとなり、それがいたるところで凍結しています。
まずは遼寧賓館の目の前の中山広場を再度見学します。
こちらはかつての奉天三井ビルだそうです。
手前の建物が昔のものですが、後ろに巨大なビルができています。現在は中国医大一院となっています。
東陵公園には、清の太祖ヌルハチが眠る福陵があります。町の東にあるので、一般的には東陵の方が分かりやすいようです。
入場料30元と、陳列館10元のの計40元のチケットを購入して福陵へ入ります。
入場料30元と、陳列館10元のの計40元のチケットを購入して福陵へ入ります。
これが福陵の入り口です。
次に向かうのは、ヌルハチの子で、清国を建国した太宗ホンタイジの眠る昭陵です。こちらも周辺が北陵公園として整備されています。その道筋近くに、かつての日本が爆破事件をでっち上げ、満州事変へのきっかけとなった柳条湖があり、その屈辱に満ちた事件を忘れないため「九一八歴史博物館」があります。
中国ではこの事件の起こった日付で知られています。そのため、カレンダーを模した奇抜な旧館が目を引きます。運転手さんにお願いして、写真撮影だけに立ち寄ってもらいました。月曜は休館日だと思っていたのですが、数人人がいました。日本人としては、歴史的な事件のあった場所ではありますが、なかなか複雑なところです。
北陵公園の南門に下ろしてもらい、公園の入場料6元、昭陵の入場料30元と、何かの入場料を含む計46元の共通入場券を購入。早速中に入ります。昭陵の正門までははるか1.5kmをてくてく歩きます。ものすごく寒さが身にしみてきます。途中には立派なホンタイジの像が立っていました。
昭陵は瀋陽周辺の陵墓の中で最大の規模を誇るものだそうです。福陵とまったく同じ造りですが、一回り規模が大きいかもしれません。
こちらが昭陵の方城です。
ホンタイジが葬られている墳丘には、1本の木が土饅頭の頂上に生えている、立派なものでした。
写真の後ろの方に少しだけ見えています。
瀋陽故宮の入り口からは、中軸上にホンタイジの時代に作られた宮殿が続きます。ここが中路と呼ばれるエリアで、政務を行う宮殿から、段を上がり一段高いところにある後宮までが、北京のものに比べると非常にコンパクトに並んでいます。写真はホンタイジ時代の正殿であった崇政殿です。
一気に広がった視界の中に、草原のテントを模したヌルハチの玉座がある大成殿がたたずみ、その傍らに整然と十王亭が並びます。十王とは、左右翼王と満州伝統の八旗(満州の軍事、政治システム)の大臣それぞれが政務を行う場所とのことです。
草原から興った王朝として、かつてのシステムを大国になりながら具体化した象徴とも言えるものだそうです。
いかにも『中原の虹』の世界にいるかのようでした。
中国人にとっては、張学良というのは大ヒーローだそうで、彼に関連する展示が多く陳列されていました。
これは張帥府の洋館群です。手前が小青楼、奥が大青楼です。
建物の中だけでも広くて、いい加減歩き疲れましたが、故宮の北側の繁華街まで歩き、14:30も過ぎたので、遅い昼食です。
100年以上の歴史のある、老辺餃子店に行ってみました。
手前は魚の餃子、奥は牛肉の餃子です。
魚の方がずっと美味しかった・・・。でも一人では多すぎです。
昼食後、遼寧省博物館へ行ってみたのですが、臨時休館。
さらに翌日の打合せに旅行会社を訪れたのですが、こちらも移転のため場所が分からず・・・。
結局街中をうろうろして、ホテルへと戻ってきました。
それでも、市内の見るべきところは、ほとんど見ることができました。
しっかし、よく歩いた!!
そして、寒かった・・・。
最高気温は2度だったようです。
山用の防寒具は来ていましたが、本当に寒かった・・・・・。
一人で寒い満州の地を歩いていると、思わず独り言と独り歌いが多くなりました。
日本語のわかる中国人の方から見たら、相当変な人だったかも。